木へんに母と書く「栂」という漢字があります。ほとんどの人は、この漢字を見たことがないはずです。したがって、読み方や使い方、意味も分からないことでしょう。
しかし、「栂」は私たちにとって非常に身近なものです。本稿を読めば、それがよくわかることと思います。
「栂」の解説
まず、「栂」の基本情報から確認していきましょう。
漢字 | 栂 |
---|---|
部首 | 木(きへん) |
音読み | バイ マイ |
訓読み | うめ |
読み方を知ってピンときた人も多いでしょう。「栂」とは、一般的には「梅」と書かれる漢字と全く同じ読み・意味を持っています。
これを理解するには、異字体について簡単に知っておく必要があります。
異字体とは
異字体とは、「読み方や使用方法などが同じであるものの、漢字の一部が異なる字体」のことです。
例えば、「禮」は「礼」の旧字体であり異字体です。 禮のように形がガラリと変わるものもあれば、「隆」に対する「隆(隆の「生」の上に「一」が入る)」のように、注意しなければ気づかない異字体もあります。
漢字には何千年という長い歴史があり、時代の変遷とともに異字体が生まれてきました。馴染みのない漢字を目にしたとき、調べてみるとよく知っている漢字の異字体だった、ということが珍しくありません。
「栂」の成り立ち
「栂」も、「梅」の旧字体である「梅」の一部を省略した異字体で、読み方・意味・用法は「梅」と全く同じです。 ただし、「栂」の成り立ちは「木+母」で考えるのではなく、異字体になる前の形である「梅」の「木+毎」で考える必要があります。
梅という植物を表すのに、「木」を用いるのはごく当たり前です。気になるのが「毎」ですが、この「毎」には意味がなく、単に「マイ」の音を取り入れるためのものです。 これを詳しく理解するには、声符というものを知る必要があるのですが、ここでは煩雑に過ぎるため詳しい解説は避けます。簡単に言えば、声符とは漢字の持つ音のことです。
「梅」もそうですが、漢字には音から作られたものもあります。 中国の発音で、「毎(mei)」と「梅(mei)」はどちらも「明(mei)」で同じ音です。ピンイン(抑揚)は異なりますが、「梅」が「毎」の音を取り入れて作られたことが分かります。
もとは楠
「栂」すなわち「梅」は、もともと楠を意味する漢字でした。 漢字の成り立ちや元々の意味を解説した中国古典『説文』には、梅の漢字について、
(くすのきのこと。食用。木へんと声符の毎で『梅』と書く)
「栂」の使用例
「栂」は「梅」の異字体です。上記でも書いた通り、元の漢字と異字体には互換性があり、そのまま入れ替えて使うことができます。 異字体にはなじみがないため、入れ替えると間違っているようにも見えますが、何ら間違いではありません。
そこで、いくつかの単語の「梅」と「栂」を入れ替えてみましょう。
熟語
「梅」を含む熟語には、「梅雨(つゆ)」「寒梅(かんばい)」などがあります。
「梅雨」は、6月ごろから1ヶ月以上にわたって雨がつづくこと、またはその季節をいいます。
「寒梅」は、まだ寒さが厳しい時期に咲く、早咲きの梅のことです。春を待ち焦がれている風流人にとって、思いがけず咲く寒梅は嬉しいものですから、古くから寒梅は漢詩に詠まれたり、水墨画の題材になったりしました。
これを、異字体である「栂」を用いて「栂雨(つゆ)」、「寒栂(かんばい)」とも書くことができます。 日常生活においては、分かりやすさも大切ですから、「梅」を用いたほうが無難でしょう。
しかし、異字体の「栂」を使った表現を知っておけば、古典を読むときの助けになることもあり、教養を広げるために役立ちます。