田に鳥を合わせると、「鴫」という難しい漢字になります。「こんな漢字、初めて見た」と抵抗を覚える人もいることでしょう。 たしかに、「鴫」は見慣れない漢字であり、あまり使うことのない漢字ですが、一般によく知られていることわざにも関係しており、成り立ちも興味深い漢字です。 本稿で「鴫」について勉強していきましょう。
「鴫」の解説
「鴫」の基本情報は、以下の通りです。
漢字 | 鴫 |
---|---|
部首 | 鳥(とり) |
音読み | デン |
訓読み | しぎ |
ここにある通り、「鴫」はシギ科の鳥を表す漢字です。
「デン」の読みは「田」の音読みをあてたものですが、「デン」の読みで用いられることはほとんどありません。
日本で生まれた「鴫」
そもそも「漢字」とは、中国の人々、すなわち漢民族が歴史とともに生み出し、体系化してきたことから「漢(民族の)字」というようになりました。
これに対し、中国漢字の仕組みを真似て、日本で独自に作られた漢字のことを「国字(こくじ)」といいます。
国字は、中国においてはその漢字を作る必要がなく、存在しなかった漢字を、日本で必要に応じて作ったものです。ただし、中国に全く存在しなかった漢字を新たに作るのではなく、中国に存在していた同じ意味の漢字を、日本風に変化させた国字もあります。
このため、国字は日本独自の文化に深く関係しています。例えば、
- 日本古来の宗教である神道と深い関係にある「榊(さかき)」
- 日本で生まれた落語などの演目のように、広い意味での「物語」に新しさ・珍しさなどの意味を含ませた「噺(はなし)」
「鴫」も、元々中国漢字には存在しない漢字であり、奈良時代に日本で作られた国字です。
「鴫」とことわざ
日本のことわざには、「猫に小判」「犬猿の仲」「蛙の子は蛙」など、生き物が用いられているものが多いです。「鴫」も、ことわざに使われています。
例えば、「鴫の看経(しぎのかんきん)」ということわざが有名です。
看経とは、お坊さんがじっと集中して、お経を黙読している様子を表します。
シギが羽掻(はがき。クチバシで羽をつくろうこと)をする際には、せわしない動きをします。このことから、バタバタとせわしなく動くこと、あるいはそのように行動する人をシギになぞらえて、「鴫の羽掻(しぎのはがき・はねがき)」ともいいます。
しかし、日本の田園風景では、シギが羽掻をすることなく、田んぼでぼんやりと佇んでいる様子がしばしば見られます。
その佇まいを見ると、シギが何やら深い考えを巡らしているようにも見え、看経するお坊さんのようでもあります。もちろん、あくまでもそう見えるだけであって、シギが難しいことを考えているわけではありません。
このことから、
漁夫の利
また、「漁夫の利」ということわざがあります。利害が対立する者が互いに争っているところへ、第三者が隙をついて介入し、利益を横取りすることです。
漁夫の利の出典は、中国古代の戦国時代の思想や出来事などをまとめた『戦国策』という古典です。『戦国策』には、
「鴫」の漢字を作った理由
上記の「鴫は国字」と書いたため、ここで、
実は、中国にもシギを表す漢字がありました。『戦国策』では、この一節を「鷸蚌之争(いつぼうのあらそい)」と表現しており、「鷸」がシギ、「蚌」がハマグリにあたります。「漁夫の利」という言葉は、「鷸蚌之争」が日本で変化したものです。
「鴫」も「鷸」もシギ科の鳥を意味します。つまり、日本にも「鷸」という漢字が伝わっていました。
しかし、古代中国では「鷸」を「雨を予知する神秘的な生き物」と考える思想があり、「鷸」の漢字には多分に宗教的・儀礼的な意味合いが含まれていました。
日本では、このようにシギを神秘的に考える思想がなく、田園風景の一部とする見方が普通であったため、「鷸」を「田んぼの鳥=鴫」へと作り変えたわけです。
「鴫」の漢字を学ぶついでに、「鴫」が作られた理由なども含めて学んでみると、漢字の面白さや魅力が感じられるのではないでしょうか。